大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)980号 判決 1957年4月18日

三重県津市 三重県庁内

上告人

三重県知事 田中覚

右訴訟代理人弁護士

本庄修

同県亀山市小野町八五〇番地

被上告人

駒田藤八承継人

駒田才治

右訴訟代理人弁護士

辻喜己衛

右当事者間の農地買収処分取消請求事件について、名古屋高等裁判所が昭和三〇年九月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨第一点について。

所論は原判示に副わない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採るを得ない。(原審は、上告人は初めの買収令書に基く買収処分を撤回し、後の買収処分によつて本件買収処分を実施したものと解するを相当とすると判示しており、原審の確定した事実関係の下においては、右判断はこれを是認することができる。)

同第二点について。

買収計画に対する不服申立の権利を失つた後に、同計画に基く買収処分の取消訴訟において、右買収計画の違法を攻撃しうるものであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和二四年(オ)第四二号、同二五年九月一五日第二小法廷判決、集四巻九号四〇四頁)。それ故、所論は採るを得ない。

同第三点について。

被上告人は、第一審において証人駒田重行の訊問を求めており、記録上原審において第一審弁論の結果を陳述したものと認められるから、被上告人が、右証人の証言を援用していないからといつて、原審がこれを所論の事実認定の証拠に採用したことは不適法とは認められない。

同第四点について。

初めの買収処分に基いて売渡処分がなされたことについては何らの主張もない本件においては、原審がこの点につき調査をせず又は釈明を求めなかつたからといつて、所論の違法は認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫)

昭和三〇年(オ)第九八〇号

上告人 三重県知事

被上告人 駒田藤八

上告代理人本庄修の上告理由

第一点 原判決は行政処分の効力についての解釈を誤つた等の違法がある。

原判決は「三重県農地委員会の控訴人(被上告人)所有にかゝる別紙目録(一)記載の農地及び三重県鈴鹿郡神辺村大字小野字殿の内七七九番地七畝九歩に対する買収計画の承認に基き被控訴人(上告人)が昭和二十三年八月十八日右各農地につき一括一通の買収令書を発行してその頃控訴人にこれを交付し、その後昭和二十四年三月十四日別紙目録(一)の農地のみにつき再度一括一通の買収令書を発行してその頃控訴人にこれを交付したことは当事者に間なく成立に争のない乙第八号証、原審における証人佐藤保(一、二回)、同仲野常太郎の各証言を合せ考えると、三重県農地委員会が右昭和二十三年八月十八日の買収令書の発行交付後右殿の内七七九番畑七畝九歩に対する買収計画の承認を取消したので被控訴人は控訴人より右買収令書の返還を求めてその附録目録より右一筆の農地を削除してその買収処分を取消そうとしたけれども控訴人においてその返還に応じなかつたのでやむなく昭和二十四年三月十四日再度右一筆の農地以外の前記農地につき買収令書を発行して控訴人にこれを交付したことが認められ、右のように権限庁が買収計画の取消された右一筆の土地について買収処分の取消をなすに止めることなく、爾余の右各農地につき再度新たな買収令書を交付したような場合には初めの買収令書に基く買収処分を撤回し、後の買収令書により買収処分を実施したものと解するのが相当である。而して後の買収令書の控訴人に交付せられた日については(中略)その日が昭和二十四年三月十八日であることを認めうべく、同日より一箇月の法定期間内であることが暦数上明らかなる昭和二十四年四月十六日に右買収処分の取消を求むる本訴の提起せられたことが記録上明に認められるので出訴期間を徒過せる旨の被控訴人の主張は理由がない。」と判断した。

なるほど、上告人が昭和二十三年八月十八日原判決のいわゆる別紙目録(一)記載の農地(以下甲団の農地という)及び三重県亀山市(当時鈴鹿郡神辺村)大字小野字殿の内七七九番一、畑七畝九歩(以下乙の農地という)を買収する旨の令書一通を発行してその頃これを被上告人に交付したがその後昭和二十四年三月十四日甲団の農地を買収する旨の令書一通を再び発行し、その頃これを被上告人に交付したことが当事者間に争ないことは原判決の確定した通りである。よつて右二回に亘る買収令書発行の法律上の効果についてこれを考えて見なければならない。

(一) そもそも行政行為は行政庁の意思表示を要素とする行政法上の法律要件であるから一定の効果意思の存在とその意思を発動する行為とを必要とする。ところが効果意思と法律上の効果と相異る行政行為はあり得ないのであり、もしあるならその意思発動行為は無効というべきである。これを本件について見るに昭和二十三年八月十八日の第一回買収令書発行後三重県農地委員会が右乙の農地に対する買収計画の承認を取消したので上告人は被上告人より右買収令書の返還を求めてその附録目録より右乙の農地の記載を抹消してその買収処分を取消そうとしたけれども被上告人においてその返還に応じなかつたため第二回の買収令書を発行するに至つたことは原判決の確定する通りである。即ち上告人としては乙の農地の買収処分を取消す理由並に意思を有したけれども甲団の農地の買収処分を取消す理由、意思並に権限を有しなかつたものである。右の事実を認定しながら再度の買収令書発行を以てその外形のみに着眼して前買収処分を撤回し(講学上「取消」というべきであろう)新に買収処分を実施したものと解した原判決は行政行為の性質の解釈を誤りたるか、もしくは民事訴訟法第三九五条第一項第六号にいわゆる理由不備又は理由齟齬の違法がある。

(二) 次に観点を替えて同一内容の行政処分が外形上重ねてなされた場合の効果について考えるに先づ本件甲団の農地の買収は各一筆毎に独立した農地の買収の集合であつて一筆毎に買収令書を発行するの煩を省くため一通の買収令書に記載してなされたものであり第一回の買収処分の内甲団の農地の買収と乙の農地の買収とは可分のものである。而して乙の農地の買収については取消原因があつたが甲団の農地については何等取消原因なくして昭和二十三年八月十八日買収令書が発行せられ、よつて有効に買収の効果が発生したものである。

かくの如く既に有効に買収効果の発生した甲団の農地について昭和二十四年三月十四日に至り再度買収令書が発行されてもその農地に対し更に買収の効果を発生するに由ないのである。

しかるにこの点について前段記載の如き判断をなした原判決は同一土地に対する再度の買収令書発行行為の法律上の効果に対する解釈を誤つたもので破毀を免れない。

第二点 原判決は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)並に行政事件訴訟特例法(以下特例法と略称する)第二条の解釈適用を誤つた等の違法がある。

原判決は「本訴が本件買収処分の前提をなす三重県鈴鹿郡神辺村農地委員会のなした農地買収計画につき同委員会に対する異議の申立又は同異議の申立に対する同委員会の決定につき三重県農地委員会に対する訴願の手続を経ることなくして行われたことは控訴人の争わないところである」としながら「農地の買収計画が異議の申立をしなかつたり申立期間を徒過したためにこれを争い得なくなつたということは、もはや該買収計画自体としてはその取消を許さないという効果を生じたに止り、これによつて本来違法な農地買収計画が適法になるわけではない。抑々農地の買収は、買収計画の樹立、承認、買収令書の交付による買収の意思表示という一連の各独立せる連続的行為によつてなされる不可分の手続行為であつて、たとえ買収計画自体を争うことができなくなつてもその具有する実質的瑕疵は必然買収処分に受け継がるべく、右不服申立の途を失つた買収計画に基いてなされた都道府県知事の買収処分に対し買収計画の違法を理由として抗告訴訟を提起しうるものと解するのが相当である」と判断した。

しかしながら右判断は特例法が自創法による行政処分に対しても適用あること及び特例法第二条にいわゆる「行政庁の違法な処分に対し法令の規定によつてできる訴願、異議の申立その他行政庁に対する不服の申立」とは自創法による農地買収の場合にあつては買収処分、即ち買収令書発行の段階には許されず買収計画樹立の段階において異議申立又は訴願の方法によつて許されるものなることを誤解し結局農地買収処分には特例法第二条の適なしと解した違法がある。

そもそも自創法による農地買収の手続として先づ市町村農地委員会が買収計画を樹立した上これを公告し且つ買収計画関係書類を縦覧に供してその間に右計画に対し異議の申立を許し、もし法定の期間内に異議の申立がなかつたとき又は異議の申立があつてもその却下の決定があり且つ法定期間内に都道府県農地委員会に対し訴願の提起のなかつたとき、もしくは訴願の提起があつてもその却下の裁決があつたときは市町村農地委員会は右買収計画について都道府県農地委員会の承認を受けその承認によりここに右買収計画が確定し、これにより都道府県知事は買収令書をその農地の所有者に交付して買収処分を終ることは自創法の規定するところである。

即ち買収処分手続として先づ買収計画の樹立、次にその承認、最後に買収令書の交付の三段階を経ることを要するものであるが、この場合その買収に不服ある農地所有者は買収令書発行交付に対し異議申立、訴願することを許されず、買収計画に対し異議申立、訴願の方法により不服の申立をすることを許されているのである。而して訴願が却下されたときはここに初めてその買収計画に対し取消請求の訴訟を提起するか又は買収令書が交付されたなら買収処分取消請求の訴訟提起が許されるのは自創法並に特例法第二条の法意である。

原判決の如く買収計画に対し異議申立又は訴願を提起しなくても買収処分に対しいきなり訴訟を提起し得るものと解せば自創法が異議申立訴願による不服申立を規定していること、並に特例法第二条の規定は全く無用の法文と化することとなる。特例法第二条は広く「行政庁の違法な処分」といゝ自創法による農地買収処分を排除する明文がない。然れば原判決の前段判定の誤れること論をまたないところである。

第三点 原判決は当事者の援用しない証拠をとつて重要な争点たる事実を認定した違法がある。

原判決は「原審における証人駒田重行の証言及び乙第一号証によれば昭和二十二年八月一日調査にかかる農業センサス票も才治、由一等を含めて控訴人一本として届出でられている事実が認められるのであるが、右駒田証人の証言によれば右は右駒田重行が控訴人方を一世帯なりとする自己の考を前提として控訴人より種々聞き糺したことをその儘控訴人に代り一枚の農業センサス票に記入してこれを提出せしめたことが認められる」と断定した。

本件においては被上告人の養子由一が本件農地買収計画が樹立された昭和二十二年十月三十一日現在被上告人より農地を分与せられていたか否か並にもし仮に分与せられていたとしても同人と被上告人とが同一世帯にあつたか否かが主要な争点であつて、これが解決の資料として当事者双方より人証並書証が提出せられているのである。由来証人はややもすれば真実を語らないが故に裁判に当つて事実認定に苦心せられることとなるが、これに反して書証は後日に至つて変更し得ないが故に極めて有力なる証拠価値が存するのである。而して乙第一号証の農業センサス票は農地買収の重要な資料として作成せられたものであるが、これには一世帯における人口並所有、借入、貸付の農地の反別を記載して各世帯主より提出せられるべきものであつたことは同票表面の(二)農家人口、(六)経営土地面積、(七)貸付耕地面積及び裏面の各右該当欄の説明書等の記載により明瞭であつて、右乙第一号証によれば昭和二十二年八月一日現在被上告人がその養子由一に対し本件農地を分与していないこと並に右両名及び被上告人のも一人の養子才治が被上告人を世帯主とする同一世帯員であつたことを十分に看取できる。

右乙第一号証農業センサス票裏面「一般的注意」の記載によれば表面記入事項欄中※印欄のみは調査員が記入、他は世帯主が記入して提出することとなつていることが明白であり唯文盲その他の都合により世帯主がその記入方を調査員その他の者に依頼することは差支ないが、その場合においてその世帯主がその記入内容を承認したものと認めねばならない。故に仮に駒田重行が被上告人方を一世帯なりとする自己の考があつたとしても(左様な趣旨の証言がないのであつて虚無の証拠によつて事実を認定したともいえる)、被上告人より種々聞き糺して記入し被上告人より提出したことは原判決の認定するところであるから、被上告人が乙第一号証の記載内容を承認して提出したものと認むべきである(原審における原告本人訊問の結果等原審に提出された証拠によれば被上告人は当時神辺村農地委員をしていたことを認められるからなお更被上告人はその記入の意義を知つていたものと認むべきである)。原判決が右の如き事情を認定し又右の如き証拠が存しながら被上告人が昭和十九年中農地を由一に分与し且つ世帯を別にしていたと認定したことは理由不備又は理由齟齬の違法があると信ずるがそれよりも右駒田重行の証言をとつて右乙第一号証の作成事情を認定したことに許され難い違法が存する。何となれば右証人駒田重行は第一審においてこそ被上告人(原告)の申請により尋問せられたが第二審においては証拠として援用せられなかつたものである。即ち第二審第一回口頭弁論調書には控訴人(被上告人)代理人が控訴状に基き控訴の趣旨を陳述し、更に当日提出の控訴第一準備書面に基き事実の陳述並に証拠の援用をなした旨の記載あり、控訴第一準備書面の記載によれば第一審証人市川義一外十名程の証言を援用する旨の記載あれど第一審証人駒田重行の証言を援用する旨の記載なくその他の第二審口頭弁論調書中にも右駒田証言を援用する旨その他その証拠調の結果を陳述した旨の記載なく同証言が第二審に顕出されなかつたものである。

なるほど第一審においてなした訴訟行為は控訴審においても効力を有すること民事訴訟法第三七九条の明定するところであるが、それがためには当事者が第一審における口頭弁論の結果を陳述することを要し(民事訴訟法第三七七条第二項)これによりて第一審においてなしたる訴訟行為は控訴審においてもその効力を有することになり第一審に顕出された証拠が第二審にも顕出されたこととなるのである。しかるに本件においては叙上の如く他の第一審の証拠は第二審において援用せられているけれども第一審証人駒田重行の証言は第二審において援用せられていないのであつて、第一審における訴訟資料と雖も当事者が控訴審においてこれを援用し又はその結果を陳述したか又はこれをしたものと看做されない限り控訴審はこれを裁判の資料とすることは違法であつてこれは従来大審院の判例とするところである(昭和四年(オ)第一五〇一号同五年二月一日判決、昭和五年(オ)第三〇六八号同六年七月七日判決等)。之を要するに原判決は本件主要の争点につき当事者の援用しない証拠をとつて事実を認定した違法あり到底破毀を免れない。

第四点 原判決は審理不尽の違法がある。原判決は買収処分の撤回があつたものと判断しているがこの撤回が「取消原因のない処分の取消」を指称するものであることは判決の趣旨より明かである。しかしこの意味における行政処分の撤回ということは許さるべきでないことは理由第一点にも述べたところであるがかりにこれが許されるとしても撤回さるべき行政処分の存在を前提として公法上の処分なり私法行為なりがその後になされていない場合、即ち処分を撤回しても他の公法上、私法上の法律関係を破壊混乱させることがない場合に限つて許さるべきものである。そうであるとすれば自創法の買収処分はそれのみで自創法の目的を達するものでなく売渡処分と相俟つて法の目的を完成するものであることは自創法上明かなのであるから第一回の買収処分に基いて買渡処分がなされその後に第二回の買収処分がされたかどうかを原審は職権で調査し或は当事者に釈明を求め、しかる後に有効な撤回があつたかどうかを判断すべきであつたにかゝわらず記録上売渡処分について釈明なり調査なりがなされた形跡はない。従つて原判決には審理不尽の違法がある。

以上

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